自給しながら新たな仕事を生み出す暮らし

地元食材でタイ料理を

海が近い山・森が近い量販店が近い農業に携わる起業(農家民宿含む)自分でつくり・育てる(野菜・米)

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やりたいことを目一杯

やりたいことが収入に直結するとは限らないけれど、だからといって、収入を得るために自分を抑えて世のなかのニーズに合わせていくことも、なんだか違う気がする。好きなことをやりたいけれど、それだけでは生活していけないのではないか?そんな悩みをこえて、地域に移住した方々がいます。家賃や食べものに稼いだお金を払う生き方から、古くから大事にされてきた家を直し、食べものを自ら育てる暮らしを実現させたとき、今まで常識だと思っていたことが少し変わるかもしれません。衣食住といった、生活するうえでの最低限の要素に自ら関わっていくことが日常となったとき、いままでの不安や悩みは、もしかするとフッと軽くなるのかもしれません。軽くなった分、あなたなら何をしますか?やりたかった創作活動を再開する。手仕事をはじめてみる。畑で収穫した野菜を使って、自然食のカフェレストランを経営してみる。子どもを授かったら、畑仕事の傍ら子育てをされている方もたくさんいらっしゃいます。生活が仕事になり、そこからほかの仕事も見つかりと、自然と自分との生活の循環を楽しむ。あなたも、自分らしい「なりわい」を見つけてみませんか。

渡邉直樹さん、恭子さん
現在のお住まい京都府舞鶴市
移住前のお住まい京都府京都市
お仕事飲食店経営
年齢40代

瀬崎で暮らしていくために

京都府舞鶴市の瀬崎に住む渡邉直樹さんと恭子さん。二人は結婚後、福島県の会津方面に移住する予定でした。しかし、折しも「東日本大震災」が発生し、急遽、予定の変更を余儀なくされます。

「元々、畑をしながら店をやったり、手仕事をしたりして生きていきたいと思っていました。会津に移住し、妻は機織りを学びながら、二人で働いていくつもりだったんです。しかし、震災があり、移住先を変えなければなりませんでした。そこで、妻の父方の故郷である瀬崎に移住することにしたんです。」

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瀬崎は、舞鶴湾と若狭湾に挟まれた漁村で、魚が美味しく、貝や海藻も豊富。さらに、ミカンやネーブルの栽培も出来る肥沃な土地があります。直樹さんは、そんな瀬崎が新鮮だったそうで、移住前に農地の開拓から始めます。

「田んぼやミカン、ネーブルの畑も、前に使っていた方から譲り受けることが出来たので、助かりましたね。まったくのゼロからだとやっぱり大変ですから。それでも、荒地を整備することから始めました。最初のうちは、京都市内のタイ料理店で働きながら、週に一、二回通い、荒地を少しずつ切り拓き、畑を開墾し直していきました。徐々に、こっちに住めるかなあと思うようになって、本格的に住まいを移すことにしたんです。」

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夢の実現のため

移住から数年後、お子さんを授かります。奥様の恭子さんは子育ての合間に、畑を手伝い、さらに家で機織りをしているそうです。「将来的には生業にしたいと思っています。」と、未来への想いを語ってくれました。直樹さんはタイ料理店を開店し、畑仕事と両立しています。その傍ら、地元の消防団にも参加しているそうです。

「消防団での活動を通して、地域の方と知り合えます。やっぱり、村の仕組みを知っていくことが大事なんです。それに思ったよりも同世代の方が多く暮らしていて、子どもの世代も同じなので、親子ともども、仲間たちとわいわい楽しくやれています。」

タイ料理店の店名“Fon Din”は、タイ語で「雨と土」という意味。文字通り、自然からの恵を大切にしています。畑で育てた無農薬の野菜やハーブ、柑橘類や魚介類をはじめ、できる限り瀬崎の食材を使い、料理を提供しているそうです。少しずつではあるそうですが、「畑をしながら店をやったり、手仕事をしたりして生きていきたい」という夢に向かい、着実に前進しています。

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「ネーブルの収穫は12月、マーマレードにするのが2月。畑では季節ごとに野菜を収穫します。イベントの出店や珈琲の自家焙煎、いろいろやっています。舞鶴市の市街地には観光地があって人もたくさん来ますので、瀬崎にも多くの人が訪ねて来てくれるようにしたいですね。」

と直樹さん。自身の夢だけではなく、移住先である瀬崎の将来を見据えて話すその瞳には、確かな熱意が見えました。

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